今回の記事は真言宗と神道の関係について取り上げようと思います。古代以来、神道と仏教は非常に大きな結びつきをもって独自の宗教思想が展開されていきますが、その中でも、神道と積極的に結びつき、神仏習合思想を引っ張っていったと言える宗派は、真言宗なのです。
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 仏教は六世紀に日本に伝来しますが、日本では神道と仏教は時代を通じて共存していきました。神道と仏教の共存の過程で生まれたのが神仏習合という思想で、神道における神と、仏教における仏(如来や菩薩)が、同体であると説く宗教理論です。普遍宗教と民族宗教の併存というのは、世界的には珍しいものであります。
 この神仏習合の歴史に目を向けると、神仏習合理論を主導したのが真言宗の僧侶達であることが分かります。神仏習合は平安時代以前には生まれ、中世にかけて隆盛し、理論化されていきますが、はやくも平安中期、十一世紀には真言宗の僧・成尊が『真言付法纂要抄』を著して天照大御神と大日如来の同体を説き、本地垂迹説の体系化への嚆矢が開かれます。さらに、十二世紀末にはイザナギ・イザナミを密教曼荼羅の金剛界・胎蔵界と同一であるなどと説く『天地麗気記』や、神道の大祓を密教の教理で解釈した『中臣祓訓解』が著され、やはり真言宗によって神仏習合理論が教義化されていきます。これら中世神道初期の書物は、やがて展開される伊勢神道や唯一神道など一連の中世神道の基盤となっていきます。

 このように、真言宗は神仏習合理論を引っ張ってきたということが分かります。これ以外の日本仏教の宗派はどうかと言うと、基本的に日本仏教では神道を排斥するようなものはないのですが、日蓮宗を除くと、あまり積極的に神道を肯定したわけではないようです。例えば浄土宗・浄土真宗では来世への志向が極めて強いことから、現世の営みである神道は消極的に肯定されるに過ぎませんでした。天台宗では神仏習合説自体は積極的で山王神道を生み出しましたが、全体的には天台宗の仏を補強する説に終始し、神仏習合を体系化するには至らなかったように思われます。


◆空海の思想の神道(神祇信仰)との共通点
 では、なぜ真言宗はかなり積極的に神道と結びついていくことができたのでしょうか。まず重要な点は、始祖である空海の思想そのものに神道と極めて親和的な部分が多くあったということです。ただ、この時点では神道というものが体系的に存在していたわけではないので、以下では神道という言葉に変えて「神祇信仰」という言葉を用いようと思います。仏教学者の末木文美士氏は、『日本仏教史』の中で、「空海の宗教理論は日本の宗教観を理論化したものであると言える」と指摘しています。どういうことなのでしょうか。

 まず、空海は著書『即身成仏儀』の中で「六大説」というものを唱えました。これは、地・水・火・風・空の五つに、精神である「識」が加わった六つの要素のことで、これらが世界を構成していて、この六大は大日如来と一体であると主張します。そして、この現実世界は、大日如来と一体である六大によって構成されるのだから、この世界は曼荼羅であり、悟りの世界に他ならないと肯定したのです。つまり、重要な点は空海はこの現実世界から離れたところに理想世界や絶対神を想定したのではなく、むしろ現実世界そのものが理想的であり絶対的であるとしたことです。天国のような現実世界とは異なる場所に理想的な世界があるとか、我々の知覚できないところに絶対的な神がいる、といったようなことは言わなかったわけです。
 上述の末木氏によれば、これが日本人の古来の考え方と全く合致するものだということです。古代の日本人は、災害と恵みの双方をもたらす自然に神性を見出し、自然が脅威とならず恵みとなるように祭を行いました。従って、日本人にとっては今目の前にある自然がすなわち神であり、目の前の世界の外における絶対神、非知覚的な世界の本質といった考え方はありませんでした。実は古代日本人は死後の世界観というものも欠如していて、制度化された供養も存在していなかったと言います。このような古代日本の世界観に、空海の六大説は強く合致したというわけです。

 さらに、末木氏は空海の呪術的な部分が日本古来の宗教観に合致したことも指摘しています。空海は「三密加持」を主張しました。これは、「身に印契を結ぶ」「口に真言を唱える」「心を三昧に住する(心に大日如来だけを思い浮かべる)」の三つを実現すれば、我が身のまま仏になることができる、つまり即身成仏が可能であるということです。このような考え方は、哲学的というよりも、むしろ極めて呪術性が強い考え方であるということが出来ます。
 このような呪術性は日本古来の思想に広く見られたものです。修験道などもその典型例ですが、古来の日本の神祇制度も呪術的なものでした。古代の神祇制度では、祈年祭などに際して、朝廷が公認した神社の神職らを神祇官に集め、各々の神社の祭神へ捧げるための幣帛を分け与えるという祭祀が行われていました。歴史学者の義江彰夫氏は『神仏習合』の中でこの事実について「祝部らは、皇祖神の霊の乗り移った幣物を手にし、これを土地の神々に捧げれば、その霊力が自分の土地の稲穂にも乗り移り、豊かな収穫を期待できると考えた」と指摘し、「マジカルな基層信仰を国家的に統合する呪術的な神祇制度」と述べています。こういった呪術的なものを重んじる日本の信仰は、やはり空海の思想と一致します。


◆密教の現実主義と神道
 真言宗と神道の相性が良かったことに関しては、密教の特徴にも関係があったということが言えます。密教の最も大きな特徴が何かと言うと、現実的思考が強いということです。そもそも、釈迦の創唱した原始仏教は、世界の真理や根源についての形而上学的・哲学的な思想でありました。上述の『神仏習合』によると、紀元前二世紀ごろに龍樹によって大成された大乗仏教は、「悟りへの道を示す論理が極度に普遍化され抽象化された結果、庶民には事実上全く理解できない教説と化」したことへの反省から一世紀ごろに密教が成立し、この密教は「仏教化された秘儀に力点が置かれ、大乗仏教が達成した普遍性や抽象性が後退」したということです。
 つまり、密教は仏教本来の持つ高度で哲学的な抽象性を削ぎ落とし、呪術によって霊力を高めるということを重視して説いたわけです。従って、世俗における繁栄を推進するための宗教としての性格が極めて強いものであり、日本古来の神祇信仰と合致するものでした。日本古来の神祇信仰は、上述の通り理論的な教説を持つものではなく、農作物の豊穣や国家の安寧をまず真っ先に祈願する性質のものですから、ここで神祇信仰と密教はうまく融合し得たということです。


 さて、今回は神仏習合について、空海および真言宗に着目してその様相を確認しました。古来よりの日本の精神というのは、知覚の外にある本質や絶対神を考えるというよりもむしろ、目の前や身の周りに存在する様々なものや自然にこそ神性を見出し、自分たちの現実における生活の安寧を祈るものであると言うことができると思います。この考え方が今の日本にも存在するように思われるのは、「ご飯粒の神様」と言ったりするように、日常における細かなものにまで、あらゆるところに神が宿っているという、「日常における神」という精神風土が残っていることからです。
 古来から日本人は、自国のものだけに固執して特定の宗教や文化を排除するのではなく、今回ご紹介した弘法大師空海の仏教受け入れのように、仏教にせよ儒学にせよその他の文化にせよ、他国から積極的に文化を取り入れ、それを上述したような日本の精神に合うように解き直すことにより文化形成の糧にしてきたようです。今の社会において、私には改めてこのような精神に学ぶことが重要なのではないかと思われてなりません。



参考文献
・伊藤聡(平成二十三年)『神道とは何か』(中公新書)
・末木文美士(平成八年)『日本仏教史』(新潮社)
・義江彰夫(平成十六年)『神仏習合』(岩波新書)